最近観た(って今朝観た)映画。
「エレファント」。どうやら、特典のインタビューを見ると、これと同タイトルの映画があり、その映画のタイトルを頂いたらしいです。おいらが観たのはガス・ヴァン・サント監督のもの。
また例によって「BOOK OFF」で買ったわけなのですが、今回この作品を手にした理由を。
もちろん全く知らない作品でした。
まず引っ掛かったのはジャケ写。「死ぬまでにしたい10のこと」とかそういう、ちょっとハリウッド的な要素を排除した文学的(っていう表現が的を得ているとは思えないけど)な感じで、裏面の紹介も見てみることに。
次に引っ掛かったのは「グッドウィル・ハンティング」の文字。ロビン・ウィリアムズとマット・デイモンが出演した映画、大好きな映画、監督が同じ方でした。
もう一つ引っ掛かりがありました。それはこの映画の題材。
「コロンバイン高校銃乱射事件」。
マイケル・ムーア監督の「ボーリング・フォー・コロンバイン」を観るまで知らなかった事件。多分「ボーリング・フォー〜」ですら他の理由から見ることになったはずでした。「ボーリング・フォー〜」、印象に残る映画でした。いいか悪いかは別にして、ああいうドキュメントが提供されることは意義のあることではないかと思います。実際、実感までは湧かないまでも、衝撃的な事件であったことはおいらの記憶にも書き込まれ、いまだ消えていません。
さて、相変わらず脱線が多いですが、この映画について。
・・・どうなんでしょう?だいぶ変わった撮り方をしています。プライベート・ハンディで撮ったようなカット割を多用していたのが印象的でした。印象的だったのはアメリカの高校の日常が(多分)かなり自然に演出されていました。勿論その風景とその後訪れる惨劇との対比の為に必要だったのでしょうが、なんかアリゾナ大学内の語学学校にいた日々を思い出し、監督の意図とは違うところで妙にしんみりしてしまいました。
「この事件は終わっていない。」とインタビューで言っている言葉を反映するかのようなエンディングでした。実際「ええ〜〜っ!?」って言ってしまいましたが、もしかしたら、あのエンディングは、「観ていた観客自身もあのシーンで命を奪われた、だからもう続きを見る事は出来ない」ということだったのでしょうか?
多分この映画もなかなか万人が出会う作品ではないでしょうけど、つい先日の佐世保事件、その前の週にあった世田谷での5歳児の誤射事件、そんな銃が日常に入り込んできつつある日本にとっても意味を持ち始めている映画なんではないでしょうか?
アメリカの銃社会を批判する声はよく聞きますが、銃がない社会をつくればいいのでしょうか?多分もう銃という「道具」は決してなくならないでしょう、銃に変わるもっと効率的で効果的な「道具」が発達し、銃が衰退しない限り。結局、それが自分の元にあっても、それをどう使用するか、というシンプルなことなんだとおいらは思います。殺す、人を傷つける行為は「道具」を選択しないし、どんな「道具」も使い方を間違えなければ有意義なのでしょうから。
この映画に答えはありません。しかし実際にあった現実は再現され、それを主観に近い形で垣間見ることが出来ます。見て、自分がどう感じるか、試してみてはいかがでしょうか?
絵、尽きましたwww。ちょこちょこ落書きはしているのですが、いいのが上がりません。
また頑張って絵も増やしていきたいと思います。
- 2007/12/19(水) 00:35:31|
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今回も映画について・・・。
映画にしても、ドラマにしても、物語のエンディングを先に知りたくなってしまう。知りたいと思っているものならば、観る前に人に聞かされても構わない。「終わりよければ・・・」とまでは言わないが、やはりエンディングの良し悪しが持つ作品の評価へのパーセンテージは大きいだろう。
「カッコウの巣の上で」、ジャック・ニコルソンの古き代表作だろう。おいらは好きにはなれなかった。全体を通して、というより、エンディングが好きにはなれなかった。結局・・・と思ってしまう。悲しさしかない。勧善懲悪が好き、という訳ではないが、主人公の抵抗はなにも生み出さなかったように感じ、居たたまれなかった。「病院」の非常にひずんだ存在と、それにあくまで抵抗し続ける主人公。主人公の行動の全てが共感出来るものではない。しかし、その行動が他の消極的な者たちに勇気を与える。それはいいのだが、結局、わがままな患者が周りを巻き込んで好き放題抵抗して、その挙句なにも解決しなかった・・・としか観れなかったのだ。あのドラマは誰が何を成し遂げたのだろう?「レナードの朝」も重い雰囲気を持つし、エンディングも決して報われたものにはならないが、ロビン・ウィリアムズの(演ずる医者の)信念は一時的な成功にもその後の結果にも不変なものとして描かれているように思う。
「カッコウ〜」という映画のあの中で、誰に依存すれば報われたのであろう?
逆に「猟奇的な彼女」はあのエンディングで、好きな映画といえてしまう。途中の回想(?)シーンで思いっきりだれたのだが、そのおかげでアタマのフリが薄れ、オチを予測出来なかった。オチが予測出来ていたならば、多分「チョン・ジヒョン観たい」と強く思わない限り2度観なくていい映画になっていただろう。その続編的作品「僕の彼女を紹介します」も必要以上に胴長な気がするが、ストレートな本エンディングに卑怯な大オチが用意されて、しかもおいらはまんまとその罠にはまった。オチが気に入れば、知ってても再鑑賞の邪魔にはならない。最後には自分が報われるからだ。
「シックス・センス」は逆に途中でオチの要素に気付いてしまい、そのせいでそれ以降の話が謎として機能しなくなってしまった。オチまでのネタフリだけで引っ張る作品だったために余計に何も楽しめなかった。
「インサイド・マン」「コンフィデンス」のようなオチを用意した作品、「交渉人」「L.A.コンフィデンシャル」のようにオチを引っ張る作品、「アイズ・ワイド・シャット」「スケアクロウ」のように物語の前後が本編の外に用意された作品、・・・いろいろな手法で物語は組み立てられるのだろうが、その機能を果たさなければ評価はぐっと下がるのではないだろうか?
エンディングで(善悪としてではなく)悪い方向に導かれると、ショックが大きい。例えエンディングを知っていても、気に入った作品は楽しめる。それだけが理由ではないだろうが、おいらは結局ついついエンディングを知りたくなってしまう。
- 2007/06/25(月) 07:02:13|
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映画・・・。レンタルではなく、BOOK OFFで安く見つけて、気分がのった時に観るようにしている。おかげで、世に言う名作の類は手に入れてはいるが、未だ観ていないものが多い。自分で自分がコントロール出来ていない事実が如実に露呈する。
とりあえず、心に残った作品について無作為に書き留めていこう。
「エクソシスト」。「オーメン」と共に70年代を象徴するオカルト映画の傑作・・・というのが、一般的な評価ではなかろうか。
おいらは、ホラー、オカルト、ヴァイオレンスの類は決して得意ではないのだが、どんなジャンルであれ、評価された作品で、かつ興味が湧けば観るようにしたいと思っている。
最近・・・といっても、もうしばらく経ったが、ディレクターズ・カット版が出来再び話題になったこともあるし、かつて幼少の頃怖々ながら観たこの作品を、年を重ねた今の自分にどう感じるのかが気にもなり、観る気持になった。
・・・非常に素晴らしい作品だと思う。オカルトというものを主題に扱っているせいだけで、そのジャンルに置かれ、怖がりな人々から遠ざけられているのは理不尽な気がしてならない。
手塚治虫の「ブラックジャック」も最初は「恐怖コミック」だったが・・・。
いわゆる難病の子供を全てを賭けて助けたいと思う母親の力、そのエネルギーに巻き込まれる様々な人物たちを全身全霊で描いたヒューマンドラマ、というのが率直な感想だ。
悪魔が具現化して描かれるため、強烈な恐怖をあおっているように見えるだろうが、それに母親は実際に立ち向かったのだ。そのドキュメントは、娘の病因にのみよってオカルトになってしまっているのではないだろうか?勿論、その病因である悪魔によって殺人劇が起こることが、他の難病に家族で立ち向かうものとは一線を画しているのだろう。
しかし、決してハッピーエンドとは言えないまでも、解決を求めようとした全ての人物の力で得た映画の中の結末には、充分に感銘を受けるものであったと思う。
もう一つ特筆すべき点は、音楽の圧倒的なクオリティだろう。チューブラーベルスのあまりにも有名はミニマルスタイルのテーマ曲を筆頭に、ペンデレツキ、ウェーベルンといった巨匠の作品群が一つ一つの演出効果として余りある魅力を発揮している。現代音楽(これがすでに前世紀の音楽になったことは奇妙な感じだ)が作品の魅力をプレゼンテーションするのに、最良な手段であったのではなかろうか。数少ない変人は除いて、やはりこれらの作品群をなんのインフォメーションもなくコンサートやCDで聴く人たちにとっては、決して心地よいものとはなりにくいであろう。
映画、舞台、絵画、演奏会・・・様々なパフォーマンスがその時々の環境と共存する形で生み落とされる。鑑賞者の精神状態、知識、空間環境・・・、第一印象は特に絶大な影響力を持つこととなる。・・・しかし、必ず一度目が存在するのならば、その経験を踏まえてもう一度触れる機会を作る事が重要な意味を持つこととなるのだろう。
20年ほど前に、オカルトとして「怖い」映画と記憶されていたこの作品が、今現在、少なからず様々な経験や知識を得てきたおいらに全く違った印象を与える。あと20年経って観ることがあった時、自分がどれだけの更なる経験、知識を得たのかを、その時、この映画は伝えてくれるのかも知れない。
- 2007/06/20(水) 04:16:18|
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