久し振りに、昔買って最近トンと聴かなくなったCDを出して聴くか…、と。そうなると勿論選ぶのはクラシックになるのだが、今日の1枚は「ストラヴィンスキー:ディヴェルティメント 他/リッカルド・シャイー&ロンドン・シンフォニエッタ」。マイナーな曲ばかりだ…。買った経緯も「クラリネット・ソロのための3つの小品」が入っていたからだ。
表題曲、ファンファーレ、組曲1&2、オクテット、ストラヴィンスキー好きか精力的な室内オーケストラしか知らないのでは…?と思ってしまう。しかし「春の祭典」などに比べるとかなり聴き手に負担が少ないかわいらしい曲群である。演奏者も自分の実力を発揮しつつアンサンブルを楽しめるのではないだろうか?
…しかし、しかしである。これらの曲たちの存在の意味はなんなのだろうか?バレエ3部作や「プルチネッラ」に比べると圧倒的に再演の機会は少ないことだろう。しかし、同じマエストロ・ストラヴィンスキーの作品で、その作品を聴かないと味わえない面白さと緊張を持ち合わせている。
これらのマイナー群はいろいろな悩みを抱える。まず興行として成立しにくい。客を集める曲たちではないのだ。そうなると演奏の機会が圧倒的に少なくなる。そしてマニアックな作品としての烙印を押されていく。悪循環である。
「のだめカンタービレ」の存在を諸手で賛成はしないが、個人としては大好きな作家の面白い作品だと思って愛読している。クラシック業界で感謝している人物もそれなりに存在しているのではないだろうか?しかし、音楽とはとどのつまり芸術であって、やはり学んだ先に更なる喜びのあるものだと思っている。「のだめ」をキッカケにクラシックに触れら人達は増えただろうが、そこから先を学び始めた人達はどの程度存在するのだろう?
いつかこれらの作品群がキチンと客に提供される方法が見つかると嬉しい。ピカソの「ゲルニカ」のみではなく初期・中期の素晴らしい作品を観るように、ストラヴィンスキーという巨人が残した作品たちも、メジャーワークスだけではなく、小さな愛くるしい作品たちも、数多くの人々に触れてもらいたいものだ。
そんな事を思いながら、マエストロ・シャイーと仲間たちの愉快な演奏を聴いた。
- 2007/08/06(月) 21:52:18|
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